店の入り口を開けると、赤と白のコントラストが眩しい2人の巫女さんがいた。
突然視界に飛び込んできたので、俺は思わず固まってしまう。

???:「あっ、おはようございます」
敬 二:「お……おはよう、ございます……」

声をかけてきた、抜群に可愛いストレートロングの巫女さん。
ふわっとした優しい雰囲気で、リボンのような白い髪飾りもよく似合っている。

???:「ここ、高島さんの家ですか?」
敬 二:「そうですけど、えっと……」

緊張していると、もう一人の巫女さんが声をかけてくる。
???:「ふふっ、巫女さんは珍しい?」
敬 二:「い、いえ……」

俺を興味深そうに見て、人懐っこそうに笑う巫女さん。
巫女装束を着ていなくても人の目を引くような、美しい人だった。

???:「ふふっ、巫女さんは珍しい?」
敬 二:「いえ……」
???:「葉月ちゃ~ん、弥生ちゃ~ん、見つかった~?」

3人目の巫女さんが、大きく手を振りながらやってくる。
低い部分で長い髪を二つに結び……
目をそらそうとしても視界に入ってくる、大きな胸を揺らしながら。

???:「はぁ、はぁ、2人とも足早いよぉ」

どことなく幼さを感じるのは、口調のせいだろうか。
そ、それにしても、巫女の基準に容姿が含まれるのかと思うほど、美人揃いだな。

弥 生:「多分ここだと思う」
葉 月:「わたしたち、葵さんの代わりに犬丸神社で働くことになった者です」
敬 二:「あ……話は伺ってます」

話に聞いてた通り、美人な人たちだなぁ。

敬 二:「えっと、皆さん、姉妹ですか?」
???:「そうでーっす☆」
葉 月:「違います。この人、わたしたちのお母さんです」
敬 二:「ええっ!?」

嘘だよな?
嘘だと言ってくれ。
こんなに若くて綺麗な人が、2人のお母さんなわけがない。
……そうか、律子先生と同じ後妻か。
それなら十分に納得がいく。

弥 生:「この人から私らが生まれたなんて、未だに信じられないわー」
敬 二:「!?」
葉 月:「わたしも、もうすぐ成長が止まるのかな」
弥 生:「だったらいいけど」
敬 二:「ほ、本当にお母さんなんだ……」

こんな、どう見ても同世代にしか見えない人が母親だなんて、なんか色々とショックだ。

弥 生:「キミの反応は、すごくマトモよ」
敬 二:「そ、そうですか」
水 無:「どうしてマトモなの? どうしてよかったの?」
弥 生:「お母さんがオバケだから」
水 無:「オバケ……! ふぇぇっ」
葉 月:「ああっ、お母さん泣いちゃダメだよっ」
水 無:「だってだって、弥生ちゃんが、みなちゃんのことオバケって言うんだもんっ」
水 無:「みなちゃんオバケじゃないもん、巫女さんだもん、ふええーーんっ」
敬 二:「だ、大丈夫ですか」
弥 生:「大丈夫よ、いつもこんなだから」
水 無:「いつもじゃないもんっ」
敬 二:「あ、あの……」
葉 月:「あとは、皐月が来るだけか」
弥 生:「あー、あのちびっこいの、皐月じゃない?」

5月の日差しを眩しそうに手で遮り、商店街へ続く道を見る。
俺もその方角を見ると、米粒ほどの人影が見えた。
大きな荷物を持ったその人は女の子で――そして。
近づいてきても、小さかった。

皐 月:「………………」

しかも不機嫌そうだった。

皐 月:「今すぐ帰りたい」

本当に不機嫌だった。
しかも、俺と目が合うと噛み付くんじゃないかと思うほど睨む。
柔らかそうな頬とか、綺麗な瞳とか、せっかく可愛いのに……

葉 月:「決まったことなんだから、そんなこと言わないの」
皐 月:「ぶーぶー。あたしヤダって言ったもん」
葉 月:「夕べは行くって言ったじゃない」
皐 月:「気が変わった」
葉 月:「んもぅ」
皐 月:「……この人、誰?」

眉をしかめたまま、警戒したように俺を見る。

葉 月:「この方は、ええと……」
敬 二:「高島敬二。ここの家の者です」
葉 月:「わわっ、そうだったんだ」
皐 月:「うぇぇ……サイアク」
敬 二:「なっ!?」
葉 月:「皐月っ」
皐 月:「ぷいっ」

な、な、なんなんだこの子は。
初対面で、その態度はないだろ。
こっちだって、昨日いきなり話を聞かされて、なるべく柔軟に対応しようとしてるのにっ。

皐 月:「男の子と一緒に住むなんて、キタナイもん」
皐 月:「すね毛あるもん、のど仏あるもん、筋肉ムキムキだもんっ」
弥 生:「男を全否定したわね」

親父、嫌われキャラ決定だな。
男、という時点で俺も嫌われてるけど。

敬 二:「とりあえず疲れたでしょう。中に入って下さい」
弥 生:「お店が玄関なの?」
敬 二:「今、親父が店に居るんで。どうぞ」
敬 二:「親父ー、今度こそ来たぞー」
螢之丞:「おお!! ようこそいらっしゃった」
螢之丞:「皆さん、噂に違わぬ美人揃いで……歓迎しまず!」
皐 月:「ムキムキ……」
螢之丞:「男は筋肉だからネ! ムキムキ!」
皐 月:「うわぁぁぁっ」

得意げにポーズを取って筋肉を動かしてみせると、驚いて母親の後ろに隠れた。

水 無:「あらあら」
皐 月:「なんなの、この家はーっ」

ちっちゃい巫女さんは、涙目になっていた。

水 無:「それじゃ、最初は自己紹介かな?」
葉 月:「お母さんからどうぞ」
螢之丞:「おっ、お母さん!?」

どんがらがっしゃーん

敬 二:「………………」

お、親父、派手に転けたなー。

螢之丞:「今、お母さんと仰いましたか?」
葉 月:「はい……大丈夫ですか?」
螢之丞:「いや、ははは……ちょっと驚いちゃって」
弥 生:「そこまで驚く人も、普通いないけどねー」
水 無:「こほん、えーと、ではっ」
水 無:「わたしが白鳥の当主、白鳥水無です。よろしくね」

言い方に、軽く違和感を覚える。
当主って、今じゃあんまり言わないよな。

敬 二:「白鳥って、なんですか?」
水 無:「700年続いてる巫女の家系だけど……有名かは分かんないなぁ」
敬 二:「なっ、700年ですか!?」
水 無:「うん。当主は代々『白鳥の巫女』と呼ばれてるの」
敬 二:「白鳥の巫女……」
皐 月:「お母さん、すっごいんだから」
皐 月:「ケージなんて、小指一本で吹き飛んじゃうんだから」

い、いきなり呼び捨てかよ。
別にいいけどさ……
けど、小指一本はさすがに誇張じゃないかな。
腕力は俺よりなさそうに見えるし。

敬 二:「じゃあ水無さんが、現在の『白鳥の巫女』なんですか?」
水 無:「うん、そうだよ」
敬 二:「そして、ゆくゆくは誰かが継ぐ……と」

こういうのって長女が継ぐのかな。

弥 生:「それじゃ、次は私ねー」

明るく手を挙げ、1歩前へ出る。

弥 生:「長女の弥生です。好きなものはコーヒーと吟醸酒。よろしくぅ♪」
弥 生:「しっかし、あのフラグブレイカーの葵がご懐妊とは」

なんだフラグブレイカーって。

弥 生:「なんにせよ、おめでたいことよね」

にっこり笑うと、すごく綺麗だ。
俺、今日からこんな美人と暮らすんだ。
自然とテンションが上がってくる。
あ、口元が緩む。

皐 月:「にやけてる」
敬 二:「うっ」
皐 月:「どうして弥生お姉ちゃんが自己紹介すると、にやけるの?」
敬 二:「にやけてない」
皐 月:「見てたもん」

……見るなよ。

葉 月:「次、いいのかな」
葉 月:「次女の葉月です。明日から犬丸学園の2年に編入します」
葉 月:「至らないところもあると思いますが、よろしくお願いします」

マトモだ。すっごくマトモだ。
2年ってことは、俺より1つ年上なのか。
そういや、昨日そんなこと言ってたっけ。
あれっ?
犬丸学園に入るのは2人って言ってたよな。
葉月さんが2年生で、次女ってことは……

水 無:「皐月ちゃんの番だよ」
皐 月:「……3女の皐月」
水 無:「………………」
敬 二:「………………」
葉 月:「……皐月、他には?」
皐 月:「特にない」
葉 月:「もぅ……」
弥 生:「こーら。これから一緒に暮らすんだから、もう少し自分のことを知ってもらわないと」
螢之丞:「いやいや、いいんじゃよ。よろしくな、皐月ちゃん」
皐 月:「………………」
螢之丞:「それじゃ、今度はこっちの番じゃな」
螢之丞:「ワシは高島螢之丞。和菓子職人じゃ」
螢之丞:「今回は急なことで大変じゃろうが、できる限り協力するから、安心してお勤め下され」
水 無:「ありがとうございます」
敬 二:「えと……、長男の敬二です」
敬 二:「親父と2人暮らしで、家事は俺がやってます」
水 無:「まあ、エライのねぇ」
螢之丞:「それぐらいしか、取り柄がありませんから」
敬 二:「むっ、親父こそ菓子作りしか能がないクセに」
螢之丞:「なんじゃと!? 他にもあるもんね! ムキムキだし!」

意味がわかんねえ。

爺 様:「これこれ、美人の前じゃぞ」
敬 二:「あ……」
螢之丞:「爺さんっ!? まだおったのか」

なんて失礼な。

爺 様:「そうか、葵ちゃん、おめでたかぁ」
螢之丞:「あっ、爺さん、これはまだ内密で……」
爺 様:「内密もなにも、葉月ちゃんと皐月ちゃんが学園に行けば、バレることじゃろう」
螢之丞:「あ……それもそうか」
爺 様:「こんなめでたいこと、隠すことあるめー?」
爺 様:「じゃ、儂はみんなに話してくるから、またなっ」

最後にお茶を一啜りすると、爺ちゃんは足取り軽く店を出て行ってしまった。

敬 二:「明日には、町内中の噂だね」
敬 二:「遅くても、あさってには噂が回ってたんだろうけど」
弥 生:「内緒にしてたの?」
螢之丞:「だって、ほら……騒ぐのは良くないじゃろ?」
螢之丞:「安定期に入るまでは、騒ぐのはちょっと……」
水 無:「確かにねー」
敬 二:「………………」

ふーん、親父も一応、なにか考えてたんだ。

水 無:「でも、いいんじゃないかな」
水 無:「祝福されて、嫌な人は居ないと思うよ」
弥 生:「確かにそうね」
敬 二:「それじゃ、自己紹介も済んだことだし、部屋に荷物を運びます」
敬 二:「うちは無駄に広いんで、好きな部屋を使って下さい」
弥 生:「ほんとにー? うわぁ、すっごく嬉しい」
葉 月:「色々とありがとうございます」
敬 二:「礼なら親父に言って下さい。俺は荷物を運ぶだけですから」

まあ……これだけの美人4人と住むのは、生活が潤うような気がする。
委員会だけじゃなく、家事だって分担してもらえるよな。
女の人が4人もいるんだし。
……洗濯とか掃除とかもう全部俺一人でしなくてもいい?
それから人が作った料理が食べられるとか!
これからの生活がちょっと楽しみだ。
いいことって、結構あるものなんだな。

弥 生:「どのお部屋にしよっかなー」
皐 月:「あたし、ケージから一番遠い部屋」
弥 生:「はいはい。そこはアンタの専用部屋よ」
弥 生:「じゃ、私は敬二の一番近くにしよっかなー」
皐 月:「えええーっ!!」
皐 月:「なに考えてるの? 明日には妊娠しちゃうよ?」

をい。

弥 生:「いいよ、それでも♪」

弥生さんは俺と手を組んで、荷物を持つ。

敬 二:「はは……ははは……」

綺麗なお姉さんたちと住むのは吝かじゃないけど、男嫌いってのは困る。
うまくやっていけるんだろうか?
今日からの生活が、いい生活でありますように。
みんなが家事をしてくれますように!
料理を作ってくれますように!
……あったかい時間を過ごせますように。
家族みたいに過ごせればいいな……
そんな夢を見ていた。

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